ワンちゃんとの思い出 (2001.10.08)
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パパにとってウィングは4匹目のワンちゃんになります。
以前3匹のワンちゃんと暮らした事があります。
シロ
パパが3~4才の頃パパの一家が兵庫県の姫路市から高砂市に夜逃げ 引越しした時、
あまりの田舎で、田畑の中にポツンと一軒屋。家を建てているとお巡りさんがやって来て、
こんな所で何をしているんですか? (パパの父親=ジジは大工さんで、自分で建てちゃいました。でも、お金にならないから、徹底的に手を抜いて、初めはまるで掘っ立て小屋) そのジジは、お巡りさんに対して、 ここに住むので家を建ててます。 こんな何も無い所に住むんですか? と、お巡りさんにビックリされる所で生活を始めました。 これでは、パパも友達が出来ない(人に逢わない)と不憫に思ったグランパがお友達の家からスピッツの子犬をもらってきた。 白い犬だから名前はシロ。 パパはシロと一緒に遊んだけど、今のウィングよりよっぽどオリコウさんで、首輪も無しに遊ばしていましたが、(人に逢う可能性もほとんど無い) 2~300メートル離れていても、 シロー と呼べば一目散に駆け戻ってくるワンちゃんでした。 グランパはシロの犬小屋を作り(人間の住む家より頑丈だった)、寝る時だけリードをつないでいましたが、ある日、いくら呼んでもシロは帰って来ません。 突然、シロとお別れになってしまいました。 シロはあんまり利口な犬だから、誰かが持って行って飼っているのかな~。 ジジがそんなふうに慰めてくれました。 パパがシロの事を憶えているのは、ほんのわずかです。 初めてパパの家に来た時グランパの友人に片手で抱かれ、バイクのガソリンタンクの上に載せられて、 酔って、よだれダチダチ状態だったのと、遊んで駆け戻って飛びついた時に倒されて、グランパはパパが噛み付かれたと思ってシロを怒っていた事くらいです。
コロ
パパが保育園児の頃、ジジの故郷である熊本県にジジとパパの2人で帰省から帰ってきたら、いきなり家の玄関で飼われてました。
パパの母親=ババが、犬が近くの中学生にいじめられているのを見て、 そんなにいじめるんだったら家で飼います。 と、貰い受けた野良犬でした。 ババは、浦島太郎の生まれ変わり? シロの住んでいた犬小屋で暮らし始めましたが、本当に鳴かない犬で、メス犬でしたが、名前もいいかげんで、コロと名付けられた、柴犬系統の雑種でした。 鳴かない事、いくらいじめても怒らない事から、馬鹿犬なんて呼ばれてました。 ある日、コロが子犬を5匹位出産しましたが、その日から子犬を取り上げても怒りもせず、パパや、当時のパパの友達におもちゃにされて全部死んでしまいました。 でも、ある日、何が原因かは憶えていません。おそらく、パパがコロに飽きてしまったからでしょう。コロは保健所に引き取られていきました。
次郎長
パパが大学生の頃、パパの妹が友達の家からもらってきた白い犬でした。(種類はよく判りませんが、丸々とした小さめの犬でした)シロ、コロの住んでいた犬小屋を補強・リフォームして住んでいました。 普通の名前では面白くない。絶対に他で付けられていない名前にしよう。という事で、ジロチョーと呼ばれる事になりましたが、近所の子供達には「シロ」と呼ばれてました。 特に目立った犬ではありませんが、パパも気がむけば一緒に散歩する程度で、田んぼのあぜ道を歩いて用水路に落っことしてみたりしてました。 ある年の元旦の朝、パパやジジがお屠蘇気分でいる時、妹が次郎長にご飯を与えに行って、 次郎長が動かないと泣きながら家に入って来ました。 何が原因かは判りません。まだ4~5才の次郎長は、元旦の朝、突然冷たくなっていました。 パパとジジは車で近くの加古川の河川敷まで次郎長を葬むりに行きました。
でも、パパの実家の方もだんだん開発されて、田んぼも無くなってしまいました。
まわりは、色々な家と大きな道と大きなショッピングセンターが出来て、今だったら、家を建てたくても、お巡りさんに、どこの隙間に家を建てるつもりですか?って怒られそうです。 パパ、昔を懐かしんでいるのは、それだけ年をとった証拠よ。 |